OC for me > 座談会:日本人女性へのメッセージ

OC座談会


北村先生
アメリカでは、1960年にピルを使うことができるようになって、今年で50年たちました。アメリカの女性は、この間にピルからどのような恩恵を受けてきたのでしょうか。
スペロフ
先生
今日までにピルはアメリカ女性に非常に大きな恩恵を与えてきました。 しかし、発売された当初、その行く手には数多くの壁が立ちはだかっていました。 それは、宗教や政治、人種や性差別など、医学とは別次元のものでした。一時期は使えなくなりそうな危機にも見舞われたのです。 しかしそれでもピルが女性たちの間に着実に浸透していったのは、多くの人達がピルを支持したからにほかなりません。
センさん
ピルが発売される前、私たちはピルの開発者あての手紙の束を目にする機会がありました。 「ぜひ、そのピルを私に送ってください。自分の人生をコントロールしたいのです。 9人も子供がいるのです。もう1人も欲しくないのです」―という、女性たちの悲痛な叫びが綴られた手紙でした。 その当時、アメリカでは多くの州で避妊を違法としていたのです。
自分で妊娠をコントロールしたい」という女性たちの切実な思いは、どんな論争にも負けることはありませんでした。 そして実際にピルは、「周期的禁欲法」や「コンドーム」などの不確実な避妊による予期せぬ妊娠によって、学業や仕事、 あるいは人生設計をあきらめなくてはならないという、不条理から彼女たちを解き放ったのです。
スペロフ
先生
1960年、ピル発売の年には、アメリカ人女性の子どもの数は平均3.6人でしたが、 1980年までに2.0人を下回るまでに減少しました。 また、1970年には6歳未満の子どものいる女性の約70%が主婦で、仕事をもっている女性は残り30%程度にすぎませんでした。 しかし、現在では、その割合はほぼ逆転しています。 ピルは、女性に妊娠・出産の計画を立てる手立てを与え、「仕事か、家庭か」という二者択一の人生ではなく、 「仕事と家庭の両立」という新たな道を開いたのです。
センさん
ピルはまた、カップルにセックスの自由を与えました。 かつては、夫婦であっても子どもを作ることを目的としないセックスは、モラルに反することとされていたのです。 ピルの是非に関する論争は、「人間にとってセックスとはどのような意味をもつのか」という、根源的な問いにまで発展しました。 多くの動物には発情期があり、その期間に種の保存を目的とする交尾を行います。 しかし唯一、その目的を出産に限定しない動物こそが人類であるという事実を認識させるに至ったのです。 ピルの登場で、カップルは必要以上に妊娠を恐れることがなくなりました。 そして、お互いの理解のために、さらに愛情や慈しみの表現として、セックスを楽しむことができるようになったのです。
北村先生
アメリカでは、1973年に人工妊娠中絶が合法化されるまで、中絶は犯罪とされていました。 このことは、1948年から優生保護法(現:母体保護法)により、法的に中絶が認められてきた日本とは大きく異なる点です。 以前、私がニューヨークを訪れたときのことですが、アメリカのフェミニストが 「私たちはピルの副作用はよくわかっている。でも中絶が簡単にできないアメリカでは、自分を守る道としてピルを選択せざるを得なかった。 このことは、私たちがピルを使う大きなきっかけになったのだ」と話してくれたのを思い出します。 ましてや、今のピルはその当時と比べて非常に副作用が少なくなっています。そのことを今の日本人女性にわかって欲しいと思っています。
センさん
その通りだと思います。ピルが承認された1960年頃には、私たちにはコンドームのほか数種類しか、避妊の選択肢が与えられていませんでした。

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